ビューティフル・マインド

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あらすじ

ナッシュ均衡で有名なジョン・ナッシュがプリンストン大学に大学院生として入学してからノーベル賞を授与されるまでの物語。天才ゆえの苦悩や病気に対してナッシュはどのように対処したのか。病気になってからの部分には目が離せません…。

感想その他

前半部分

正直に言って前半部分は見所がほとんど無い。強いて言うならばわりとあっさりと片付けられた妻との馴れ初めの部分と政府の暗号解読班にナッシュが迎え入れられたことだろうか。あまりにもつまらなくて途中で見るのをやめようかと思っていたくらいだ。しかし、後半になってナッシュが病気だと判明してからは話がガラッと変わる。

統合失調症

統合失調症をご存じだろうか。恥ずかしながら私は統合失調症について名前を聞いたことがある、と言った程度の知識しかなかった。
wikiから引用しておこう。

精神病理学あるいは臨床単位上の診断・統計カテゴリーの一つであり、「連想分裂」を中核とする類似の症状の集合から構成される疾患であるとされている。
主要な症状は、基礎症状として「連合障害(認知障害)」「自閉(自生思考等)」であり、副次的に「精神病状態(幻覚妄想)」など多様な症状を示し、罹患者個々人によって症状のスペクトラムも多様である。

ビューティフル・マインドでは、実際には無いものが見えるようになるという症状にフォーカスが向けられている。それもとてもリアルに見える。
ナッシュが統合失調症だと告げられ、自分が見えている人が他の人からは見えないと言う事実を知ったときの衝撃はすごかっただろう。しかも親友だと思っていた人が実際にはいないのだ。自分だったらもう何も信じられなくなると思う。
ソ連から命を狙われたこともルームメイトとの交流も全部幻覚だったことを知ったときの気持ちはどうだったのだろう。

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妻の苦悩

ナッシュの妻はとても聡明な人だ。同時にナッシュを好きになるという変わり者でもある。統合失調症になった夫に対しても変わりなく支えた。それでも取り乱すことがあるほど統合失調症の人を支えるというのは大変なことなのだろう。辛く、長い戦いだったことがしみじみと感じられた。

伏線

この映画には伏線など無いと思っていたが後でメモを見返すとそれっぽいのがあった。ウィリアム・パーチャーの

知ったようなことを言うのはいつも外部の者だ。

チャールズの

この世に確かなものなど無い。それだけは確かだ。

と言う言葉だ。どちらもナッシュの統合失調症のことを指しているのではないだろうか。特にパーチャーの台詞は重い。精神病になった当人やその関係者に何も知らない外部の人が声をかけたとしてどうなるのだろうか。私の気持ちを知りもしないのに!となるのではないか。かと言って放置するのもどうなのか。難しいところである。

凡人向けの成功

映画中でナッシュが教授からこのままでは推薦書を出せないと言われるシーンがある。何もやり遂げずに大業は成せない。小さなことからコツコツとなすことで大事を成せるのだと。人に認められるには小さなところから取り組んで行くべきだと。
しかしナッシュは天才だった。もちろんコツコツと理論を暖め続けていた成果ではあるが、一気に新理論を構築した。これは天才であるからこそ出来ることだ。何度も言うがナッシュは天才だった。
さて、凡人が成功するにはどうすれば良いか。ナッシュの教授が言っていたことそのままだろう。小さな事からコツコツと成し遂げていくのだ。それがたとえ嫌なこと、気が進まないことであったとしても長年受け継がれている伝統というのにあまり間違いは無いものだ。問題はそれが出来るかどうか、と言うところなのだろう。

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